石田保夫の「仕事とは何か」

培ってきた技術をベースに、アルミの可能性をさらに広げる

2011 平成23

福島でアルミの一貫生産に取り組む過程で、私は金属の物性を理解しそれを前提に設計することが重要だと気づきました。そのためには、すべてをアルミで構成することが必要だと確信し、この思想を「オールアルミ」として開発の出発点に据え、単なる素材選びではなく私たちのものづくりの根本的な理念として広げていったのです。

オールアルミ化に着手

素材の統一による新たなメリットの提供に挑む

2014 平成26

この頃から、私はタイで製造を行っていたダイカスト製品などを国内で生産することを考え始めました。まずは品質的な問題、そして国内で生産することによるリードタイムの短縮や、為替変動へのリスク回避などいくつもの要因を考慮してのことでしたが、なにより日本にものづくりの技術を残すべきではないかという強い思いがあったのです。

国内生産回帰への転換

パーツのマザー工場、静岡第2事業所開設

2022 令和4

30年前、一緒に始めた仲間は15人。現在も私を入れて7名が一緒に働いています。創業から黒字化までの苦しい3年間をこの仲間と戦い抜いてきました。
30年間は楽しいことよりも苦しいことの方が多かったように思います。でもそれを克服して現在がある、そのことを本当に感謝しています。

創立30周年を迎える

1992年の創業からいくつもの壁を乗り越え、
ついに30年を迎える

2024 令和6

2024年12月15日

石田保夫 永眠

SUS株式会社の名誉会長に就任

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本ページの内容は、故人の生前の言葉をもとにまとめたものです。誤りが含まれる場合もございますが、故人を偲ぶ思いを込めて掲載しております。ご理解いただければ幸いです。